大判例

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福岡高等裁判所 平成8年(う)28号 判決

1 被告人は,かねて護身用に持ち歩いていたフッシングナイフを取り出すや,被告人に鉄棒を奪われまいとして鉄棒の両端を掴んでいた被害者に対し,右順手に持った同ナイフで多数回の刺突行為を繰り返し,その結果相手の左腰部,腹部,鼻口部,左耳付近,右上腕部(貫通創),左手掌部(貫通創)に刺創を負わせたこと,鑑定書によれば,右の刺創のうち,致命傷となった左腰部の刺創は被害者が立位の状況にあった時に生じたものと認められ,これと創洞の方向が概ね同じ腹部の刺創も被害者が同様の状況にあったときに生じたものといえるが,その余の刺創は双方が立位のときに生じたものか,相手が仰向けに倒れた後なおも被告人が相手の身体に覆い被さるようにして刺して生じたものか必ずしも判然としないけれども,被告人が腰の辺りから水平にナイフを突き出したと述べているところからすれば,鼻口部や左耳付近のほぼ水平の刺創は,双方が立位のときに生じたものでなく,相手が尻持ちをつくような体勢になるか仰向けに転倒した後にその身体に覆い被さるようにして相手の顔面の真上付近からナイフを真下方向に刺突するかして生じたものと認めるのが相当であり,その創洞の方向,深さから考えると,これが佐藤と揉み合った際のはずみでできたものとは到底認められず,被告人が意識的に顔面を狙って刺突したものとしか考えられないこと,加えて,被告人が犯行に使用したナイフは先端が鋭利で刃体の長さが13.1センチメートルあって,これを使えば人の生命を奪うのに十分な殺傷力があるものといえる上,佐藤の身体に生じた刺創のうち最も深いものは致命傷となった左腰部の深さ約10センチメートル(左腎臓貫通。所論はその深さは約7.5センチメートルというが,証拠からは約10センチメートルと認められる。),次いで鼻口部の深さ約8.9センチメートル,腹部の深さ約7.1センチメートルの各刺創であるが,被害者は,背広上衣,防寒ジャンバー等を着ていたにもかかわらず,左腰部や腹部に右に述べた深さの創洞ができていることからして手加減せずに強力に突き刺したものといえること,本件当時現場付近に照明がなかったとはいえ,数メートル先の人の顔が判別できるくらいの明るさがあったのであるから,被告人において自らが突き出したナイフの刃先が相手の腹部,顔面等の身体の枢要部に突き刺さっていることを認識できなかったとは言い得ず,むしろこれを認識した上でそこを狙って刺突したものと考えるのがより自然であるというべきこと,以上の各事実が認められ,右認定に反する捜査段階以来の被告人の供述は信用できず,以上述べたところからすると,被告人が被害者にナイフを用いて攻撃を加える際,相手を傷つけるにとどめるために手加減したとか,威嚇にとどまるような行動をとった状況は全く窺えず,殺意を肯認することができる。

2 被告人は,被害者から鉄棒によって1回左前腕部を殴打された後は,被害者の転倒の前後を通じ一貫して,右手に持ったナイフで被害者の身体に対し続け様に多数回の刺突行為を繰り返し被害者に対する一方的な攻撃を加え続けたものであり,このように被告人による一連の反撃行為が時間的にも場所的にも近接している場合に,それが正当防衛の相当性の要件を満たしているか否かを考察する際には,その一連の行為を全体としてみた上で,それが防衛行為としての相当性を有していたか否かを判断するのが相当であり,このことは本件のように致命傷となった刺突行為が反撃行為の初期の段階で生じていた場合であっても変るものではない。したがって,原判決が被告人の一連の反撃行為を全体として考察したのは正当であり,所論が被告人の行為を被害者の転倒の前後によって分断した上で原判決を論難するのは当を得たものとはいい得ない。なお付言すると,被告人が用いたナイフが前述したとおり人間に対する十分な殺傷力を有するのに対し,被害者の用いた鉄棒は,重さが1.06キログラムあるものの,直径が12ミリメートル(凸部は13ミリメートル)と細く長さが1.12メートルもあるため,しなやかで簡単に曲るようなものであり(現に証拠物の鉄棒は屈曲している。),その攻撃力においてナイフよりはるかに劣っていて実際にも被害者の一撃により被告人にはせいぜい全治約7日間にとどまる左前腕打撲擦過傷等を生じたにとどまるのに対し,被害者は当初の1回の鉄棒による殴打の後,実際には被告人から鉄棒の中央付近を掴まれるなどしたためその後は何等の攻撃を加えることができない状態が続き,鉄棒を奪い合うなかで攻撃を続行する意図を有していたとしても,実際には仰向けに転倒して動きに大きな制約がある状況下で有効な攻撃を加えることができる体勢になく,被告人から一方的にナイフによる刺突行為を受け続けるばかりで実質的には専ら防禦に終始したのであって,このような状況を考えれば,客観的には被害者が当初鉄棒で被告人の前腕部を1回殴打した後は積極的に攻撃を加える余地をほとんど消失していたと考えられるのである。それにもかかわらず被告人が被害者から先制攻撃を受けたとはいえ,その後は圧倒的に優勢な状況のもとでナイフを用いて被害者の身体の枢要部を狙って連続して刺突行為を多数回繰り返すという執拗な攻撃を加えたのは,長期間にわたって被告人に加えられた執拗かつ悪質な嫌がらせ行為に対して被告人が強い怒りを抱き続けていて,本件当時も,かねて予想していた事態が発生して現実に被告人が鉄棒でいきなり殴打されるや,被告人において,その攻撃を加えてきた人物がこれまで散々被告人に対して嫌がらせを続けてきた犯人に間違いないものと確信し,かねてからの犯人に対する強い憤りのもとに攻撃したからにほかならないものといえる。

以上のとおりであって,本件における被告人の行為は被害者が本件鉄棒で一撃してきたことに対する防衛行為として相当性の程度を超えたものであったといわざるを得ないから,本件について過剰防衛が成立するにとどまる。

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